日本酒の9号酵母とは?吟醸酒ブームを生んだ熊本酵母の特徴・歴史・銘柄を徹底解説

日本酒の9号酵母とは?吟醸酒ブームを生んだ熊本酵母の特徴・歴史・銘柄を徹底解説 醸造技術

最終更新: 2026-09-09

独立行政法人酒類総合研究所が公表している全国新酒鑑評会の出品酒分析によると、2000年(平成12酒造年度)の出品酒のうち、きょうかい9号と泡なし株の901号を合わせた使用比率は13.9%でした。それが2023年(令和4酒造年度)には1.3%まで下がっています。かつて「吟醸酒の代名詞」と呼ばれた9号酵母は、鑑評会の表舞台からほぼ姿を消したように見えます。ところが同じ年、出品酒の34.5%を占めて最多だった1801号酵母は、9号を親として交配された酵母です。9号は消えたのではなく、形を変えて今も吟醸酒の中心にいます。

「9号酵母って結局どんな香りなの?」「6号や7号、1801号と何が違うの?」「熊本酵母と9号酵母は同じもの?」こうした疑問を持って検索した方も多いはずです。9号酵母は日本酒の解説で必ず名前が出る一方で、その性質や歴史をまとめて説明した情報は意外に少ないのが実情です。

この記事では、9号酵母の定義と熊本県酒造研究所での誕生の経緯、りんごや洋梨を思わせる香りと少ない酸が生まれる仕組み、6号・7号・1801号との比較、鑑評会での使用比率の推移から読み解く9号の現在地、蔵人が現場で9号を扱うときの実務ポイント、そして香露をはじめとする使用銘柄まで、醸造の視点で解説します。まず9号酵母の基礎を押さえ、次に歴史と性質、最後にデータと銘柄へ進む構成です。

  1. 9号酵母とは?熊本県酒造研究所が生んだ吟醸酒用のきょうかい酵母
  2. 9号酵母の歴史:野白金一と熊本県酒造研究所
    1. 赤酒の土地を「吟醸酒の聖地」に変えた研究所
    2. 晩年に分離された熊本酵母
  3. 9号酵母の特徴:華やかな吟醸香と少ない酸が生まれる理由
    1. 特徴1: カプロン酸エチルによるりんご・洋梨様の香り
    2. 特徴2: 7号より酸が少なく、味が澄む
    3. 特徴3: 低温発酵に強く、前急短期型の醪になる
    4. 特徴4: 1801号など後続酵母の「親」になった
  4. 6号・7号・9号・1801号の違いを比較
  5. データで読む9号酵母の現在地:鑑評会からは消えたが血統は残った
    1. 泡あり9号は鑑評会から姿を消した
    2. 熊本酵母は熊本の蔵が守り続けている
  6. YK35とは?9号酵母が生んだ鑑評会の「金賞方程式」
  7. 蔵人視点:9号酵母を扱うときの実務ポイント
  8. 9号酵母を使った日本酒の銘柄:香露・鍋島・而今・みむろ杉
    1. 香露(熊本県酒造研究所):9号酵母の発祥蔵が醸す「吟醸酒の教科書」
    2. 鍋島(富久千代酒造):Classicシリーズで9号を使い分ける
    3. 而今(木屋正酒造):9号系酵母で低温長期発酵
    4. みむろ杉(今西酒造)ほか、9号を主軸にする蔵
    5. 9号酵母の日本酒をおいしく飲むコツ
  9. 9号酵母に関するよくある質問
    1. Q1: 9号酵母はいつ、どこで発見されたのですか?
    2. Q2: 9号酵母と熊本酵母は同じものですか?
    3. Q3: 9号酵母の日本酒はどんな味がしますか?
    4. Q4: 9号酵母と901号酵母の違いは何ですか?
    5. Q5: 9号酵母は今でも使われているのですか?
    6. Q6: YK35とは何ですか?
    7. Q7: 蔵人を目指すなら9号酵母について何を学ぶべきですか?
  10. まとめ:9号酵母のポイント
  11. 参考情報
  12. 関連記事

9号酵母とは?熊本県酒造研究所が生んだ吟醸酒用のきょうかい酵母

2026 09 09 nihonshu kyugo kobo guide h2 06

9号酵母(きゅうごうこうぼ)とは、日本醸造協会が「きょうかい9号」の名称で頒布している清酒酵母のことです。1952年(昭和27年)頃、熊本市の熊本県酒造研究所の醪(もろみ)から分離された「熊本酵母」が原点で、1968年(昭和43年)に日本醸造協会が採用して全国の酒蔵への頒布を始めました。発祥地の名を取って「熊本酵母」、研究所が醸す銘柄の名を取って「香露酵母」と呼ばれることもあります。

項目 内容
正式名称 きょうかい9号酵母(泡なし株はきょうかい901号)
別名 熊本酵母、香露酵母、K9
分離元 熊本県酒造研究所(熊本県熊本市)の醪
分離年 1952年(昭和27年)頃
全国頒布開始 1968年(昭和43年)、日本醸造協会
香りの傾向 りんご・洋梨・メロンを思わせる華やかな吟醸香(カプロン酸エチル)
酸の傾向 7号より少ない
発酵の傾向 低温発酵性に優れ、前急短期型の醪になりやすい
向く酒質 吟醸酒・大吟醸酒

きょうかい酵母は、日本醸造協会が優良な清酒酵母を純粋培養して全国の酒蔵に頒布している酵母群の総称です。「6号」「7号」「9号」のように番号で管理され、6号から14号までには発酵中に高い泡を出さない「泡なし株」があり、末尾に01を付けて901号のように呼びます。現在では泡の管理が不要な901号を使う蔵が多数派です。

酵母そのものの役割、つまり糖をアルコールと炭酸ガスに変えながら香気成分を生み出す仕組みについては、日本酒の酵母の種類と香りの違いの記事で全体像を整理しています。本記事はそのなかでも9号酵母に絞って深掘りします。

9号酵母の歴史:野白金一と熊本県酒造研究所

9号酵母を語るには、熊本県酒造研究所と、初代技師長を務めた野白金一(のじろ きんいち)を避けて通れません。9号酵母は一人の技術者と一つの研究機関が半世紀かけて育てた成果だからです。

出来事
1876年(明治9年) 野白金一、島根県松江市に生まれる
1903年(明治36年) 野白金一、熊本税務監督局鑑定部に赴任
1909年(明治42年) 県内の蔵元の出資で熊本県酒造研究所が発足
1910年(明治43年) 野白式天窓を考案
1918年(大正7年) 研究所が株式会社として登記
1919年(大正8年) 野白金一が初代技師長(社長)に就任
1920年(大正9年) 銘柄「香露」を商標登録(名称は懸賞付き公募)
1930年(昭和5年) 全国清酒品評会で熊本県の酒が1位・2位・3位・5位を独占
1952年(昭和27年)頃 研究所の醪から「熊本酵母」の分離・培養に成功
1964年(昭和39年) 野白金一没(88歳)。同年、県内蔵元への熊本酵母の配布開始
1968年(昭和43年) 日本醸造協会が「きょうかい9号」として全国頒布を開始
2026年(令和8年) 12月18日に野白金一の生誕150年

出典: 熊本県酒造研究所公式サイト、熊本酒造組合「熊本の清酒の歴史」「きょうかい酵母と熊本酵母」、おるとくまもと(2025年)をもとに編集部作成(2026年9月時点)

赤酒の土地を「吟醸酒の聖地」に変えた研究所

熊本はもともと、灰持酒(あくもちざけ)と呼ばれる赤酒の産地で、清酒造りの後発地でした。1909年に県内の蔵元が出資して研究所を立ち上げ、税務監督局の鑑定官だった野白金一を招いたのは、清酒の品質で先進地に追いつくためです。野白は麹室の換気と温度を制御する野白式天窓、二重桶式仕込み、袋吊りによる搾り、醪の経過を曲線で管理する醪経過簿などを次々に考案し、これらは「野白式吟醸造り」と呼ばれて全国に広がりました。1930年の全国清酒品評会で熊本の酒が上位を独占したのは、この技術体系の成果です。

晩年に分離された熊本酵母

熊本酵母の分離は、野白の晩年にあたる1952年頃のことです。研究所の醪から香りが高く発酵力の強い酵母が見つかり、これを純粋培養したものが熊本酵母になりました。熊本市観光ガイドの取材記事では、当時の研究員だった萱島昭二が醪の変化に気づいたと紹介されています。研究所は1964年から県内の蔵元に配布を始め、酒質の評判を受けた日本醸造協会の要望で1968年に「きょうかい9号」として全国頒布が実現しました。頒布が始まると各地で香りの高い酒が造られるようになり、9号酵母は1980年代の吟醸酒ブームの火付け役になりました。

熊本県酒造研究所は現在も、日本醸造協会の9号とは別に、自蔵で保存・管理している熊本酵母を頒布しています。研究所の取材記事によると、頒布の形態は液体培養酵母、スラント保存酵母、乾燥酵母の3種類があり、乾燥酵母は非常時の備蓄用と位置づけられています。

9号酵母の特徴:華やかな吟醸香と少ない酸が生まれる理由

ここからは9号酵母の性質を、醸造の視点で具体的に見ていきます。

特徴1: カプロン酸エチルによるりんご・洋梨様の香り

9号酵母の最大の特徴は、カプロン酸エチルを多く生成することです。カプロン酸エチルは、りんご、洋梨、メロンを思わせる甘く華やかな香りの成分で、吟醸香の代表格です。酵母は糖をアルコールに変える過程で脂肪酸をつくり、そのうちカプロン酸がアルコールと結合するとカプロン酸エチルになります。7号酵母が得意とする酢酸イソアミルがバナナ様の香りであるのに対し、9号は果実の中でもりんご系の香りに寄ります。

酒類総合研究所が令和4酒造年度の全国新酒鑑評会出品酒を分析した結果では、出品酒全体のカプロン酸エチル濃度の平均は7.2mg/Lで、金賞酒はさらに高い8.3mg/Lでした。カプロン酸エチルの濃度は「華やか」という評価とやや相関があり、香りの高さが評価につながることが数値でも示されています。9号酵母が長く出品酒の主役だった理由はここにあります。

特徴2: 7号より酸が少なく、味が澄む

灘酒研究会の用語集では、9号酵母の製成酒は「酸度も少なくて香気も高い」と説明されています。地酒蔵元会の用語集も「7号より酸少なく」と記しています。酸が少ないと、香りの華やかさが酸に邪魔されず、口当たりが澄んだ印象になります。大吟醸酒に多い「香りが立ち、味は軽くきれい」というスタイルは、9号の酸の少なさが土台になっています。

特徴3: 低温発酵に強く、前急短期型の醪になる

9号酵母は低温発酵性に優れ、泡は軽く低く、醪の前半に発酵が勢いよく進む「前急短期型」になりやすいとされます。吟醸酒は精米歩合の高い米を低温で長期間発酵させて造りますが、9号は低温でも発酵力を落とさず、落泡(醪の泡が落ち着く段階)以降も発酵を続ける力があります。熊本県酒造研究所への取材記事では、熊本酵母はアルコール耐性が他の酵母より格段に強く、発酵終盤まで活動を続ける体力を持つと説明されています。

特徴4: 1801号など後続酵母の「親」になった

9号酵母は単体で使われるだけでなく、後の酵母育種の親株としても重要です。日本醸造協会誌に掲載された吉田清の論文(2006年)によると、きょうかい1801号は、カプロン酸エチル高生産株の1601号と9号の一倍体どうしを交雑して作られた酵母です。1801号は酢酸イソアミルとカプロン酸エチルを1601号より40〜50%多く生成し、ムレ香の原因になるイソアミルアルコールの生成が少ないとされています。つまり1801号の発酵力と香りの骨格には、9号の血統が入っています。

酵母がアルコール発酵を行う仕組みそのものを整理したい方は、日本酒の発酵の仕組みの記事をあわせて読むと、9号の性質が醪のどの段階に効いてくるかが立体的に見えてきます。

6号・7号・9号・1801号の違いを比較

きょうかい酵母は番号によって性格がはっきり異なります。9号を理解するうえで、比較されることの多い3系統と並べてみましょう。

項目 6号(601号) 7号(701号) 9号(901号) 1801号
分離元 新政酒造(秋田) 宮坂醸造・真澄(長野) 熊本県酒造研究所(熊本) 1601号×9号の交雑
分離・頒布 1930年分離、1935年頒布 1946年分離 1952年頃分離、1968年頒布 2006年頒布開始
香りの強さ 穏やか 中程度で華やか 強い 強い(バランス型)
主な香気成分 控えめ 酢酸イソアミル寄り(バナナ様) カプロン酸エチル(りんご・洋梨様) カプロン酸エチルと酢酸イソアミルの両方
酸の出方 やや少なめ 中程度 少ない 少ない
発酵の型 低温でも強い、長期向き 強い、扱いやすい 低温発酵性に優れ、前急短期型 強い
向く酒質 食中酒、生酛系 普通酒から吟醸まで万能 吟醸酒、大吟醸酒 大吟醸、鑑評会出品酒

出典: 日本醸造協会の頒布情報、灘酒研究会「灘の酒用語集」、SAKE Streetの解説をもとに編集部作成(2026年9月時点)

6号は9号より22年早く分離された酵母で、香りが穏やかで生酛との相性がよいことから、近年は再評価が進んでいます。詳しくは日本酒の6号酵母とはで解説しています。7号は現在もっとも多くの蔵で使われている万能型で、発祥蔵については真澄の完全ガイドを参照してください。

同じ蔵が同じ米で6号、7号、9号を仕込み分けると、香りの立ち上がりは9号がもっとも早く、はっきりします。6号は香りが静かで旨みと酸が中心、7号はその中間です。華やかな香りの日本酒を探している方は、フルーティーな日本酒おすすめ10選の記事も参考になります。

データで読む9号酵母の現在地:鑑評会からは消えたが血統は残った

9号酵母の「今」を、酒類総合研究所が公表している全国新酒鑑評会出品酒の分析データで確認します。出品者が調査表に記入した使用酵母を集計したもので、鑑評会という限られた舞台ではありますが、蔵の酵母選択の変化を追える数少ない一次資料です。

酒造年度 きょうかい9号 きょうかい901号 きょうかい1801号 熊本酵母 出品点数
平成12(2000) 6.0% 7.9% 頒布前 2.7% 878点
平成17(2005) 2.0% 2.0% 頒布前 2.6% 1,049点
平成22(2010) 0.8% 2.2% 23.5% 2.3% 920点
平成27(2015) 0.1% 1.2% 32.5% 1.9% 854点
令和2(2020) 0.1% 1.1% 34.0% 2.1% 821点
令和4(2022) 0.0% 1.3% 34.5% 2.1% 818点

出典: 独立行政法人酒類総合研究所「令和4酒造年度全国新酒鑑評会出品酒の分析について」第9表・第6表をもとに編集部作成。比率は出品酒全体に占める使用酵母の割合(2026年9月時点)

泡あり9号は鑑評会から姿を消した

2000年には9号と901号を合わせて13.9%あった使用比率は、2022年には901号の1.3%のみになり、泡あり株の9号は0.0%、つまり出品点数ゼロになりました。この間に急伸したのが1801号で、2006年の頒布開始からわずか4年後の2010年には23.5%、2022年には34.5%と出品酒の3分の1を占めています。カプロン酸エチルをより多く、より安定して出せる1801号が、鑑評会向けの酵母として9号の役割を引き継いだ構図です。

熊本酵母は熊本の蔵が守り続けている

一方で、熊本県酒造研究所が独自に頒布する熊本酵母は、2000年の2.7%から2022年の2.1%へと、ほとんど比率を落としていません。令和4酒造年度の使用酵母別集計を見ると、熊本酵母を使った出品酒11点はすべて熊本国税局管内、つまり熊本県内の蔵からの出品です。熊本局の出品酒20点のうち過半数が熊本酵母で仕込まれており、発祥地では今も現役の主力酵母だとわかります。

熊本県の清酒産業の規模は決して大きくありません。総務省・経済産業省の令和3年経済センサス活動調査(2020年実績)によると、熊本県の清酒出荷量は1,162kL、出荷金額は約11億円、産出事業所数は9で、全国の出荷量530,358kLに対して0.2%ほどです。出荷量で全国の500分の1に満たない県が、日本の吟醸酒の香りを決定づけた酵母を生み、今も守っているという事実は、9号酵母を語るうえで押さえておきたい点です。

YK35とは?9号酵母が生んだ鑑評会の「金賞方程式」

9号酵母の歴史を語るときに欠かせないのが「YK35(ワイケーさんじゅうご)」という言葉です。Yは山田錦、Kは熊本酵母(9号酵母)、35は精米歩合35%を指し、この組み合わせで仕込めば全国新酒鑑評会で金賞を取りやすいとされた、業界の合言葉のようなものでした。

記号 意味 役割
Y 山田錦 心白が大きく高精白に耐える酒米の王者
K 熊本酵母(きょうかい9号) りんご様の吟醸香と少ない酸
35 精米歩合35% 雑味の元になる外層を65%削り落とす

YK35は1985年(昭和60年)頃に広島県で言われ始めたとされ、SAKETIMESの用語解説では、広島県呉市の三宅本店(銘柄「千福」)で杜氏を務めた土居恒夫が作った言葉だと紹介されています。1990年代にかけて全国の酒造関係者に広まりました。Kの由来については「熊本」「香露」「きょうかい」「9号」の4説があり、いずれもK音で始まることから同じ記号に収まっています。

酒類総合研究所の令和4酒造年度の分析でも、出品酒803点のうち山田錦を100%使った酒は621点で77%を占め、精米歩合は全出品酒の約90%が35〜40%の区間に集中していました。YK35が言われ始めてから40年近く経った今も、鑑評会の基本設計は「山田錦を35〜40%まで磨き、カプロン酸エチル系の酵母で仕込む」ことに変わりはなく、変わったのは酵母の番号が9号から1801号へ移ったことだけです。精米歩合の考え方と純米酒と大吟醸の違いをあわせて読むと、YK35が何を狙った設計だったかがより明確になります。

蔵人視点:9号酵母を扱うときの実務ポイント

9号酵母は吟醸酒向けの優秀な酵母ですが、性質を理解せずに使うと狙いの酒質から外れます。ここでは、醸造の現場で9号を扱う際に意識したいポイントを整理します。これから蔵人を目指す方にとって、酵母の番号がどのように日々の作業に影響するかを知る手がかりになるはずです。

工程 9号酵母で意識する点 理由
酒母 泡あり株(9号)か泡なし株(901号)かを決める 泡あり株は高泡の管理が必要。鑑評会出品酒では901号が主流
醪初期 前急型になるため初期の品温上昇に注意する 発酵が前半に集中し、温度が上がりやすい
醪中期 品温を10℃前後の低温で長く保つ設計にする 低温発酵性が高く、カプロン酸エチルは低温でよく出る
醪後期 香りのピークと味の切れを両方追う 落泡以降も発酵力が続くため、引っ張りすぎると香りが落ちる
上槽判断 香りの立ち方を上槽の指標にできる 6号と違い、香りが判断材料になる
貯蔵 火入れ後も低温で保管する カプロン酸エチルは温度が上がると感じにくくなり、老香が出やすい

編集部メモ: 編集部が九州の蔵で聞いた話では、熊本酵母を使う蔵の製造担当者は「熊本酵母は元気がよすぎるので、醪の前半は温度を上げないよう毎晩のように様子を見に行く」と語っていました。同じ蔵で901号と熊本酵母を並行して仕込んだ際、日本醸造協会の901号のほうが発酵の立ち上がりが穏やかで管理しやすく、研究所から直接分けてもらった熊本酵母のほうが発酵力が強く終盤まで粘るという印象だったそうです。「同じ9号系でも株が違えば醪の顔つきが変わる」という言葉が、酵母の番号だけで酒質を語れない理由を端的に表していました。

酒母の製法によっても9号の出方は変わります。速醸酛では9号の香りが素直に出ますが、生酛や山廃では乳酸菌由来の酸と9号の香りが競合するため、香りを立たせたい蔵は速醸酛を選ぶのが一般的です。酒母の基礎は速醸酛とは何かで整理しています。蔵人としてのキャリアに関心がある方は、未経験から蔵人になるロードマップで、酒造りの1年の流れと求められる姿勢を確認してみてください。

9号酵母を使った日本酒の銘柄:香露・鍋島・而今・みむろ杉

9号酵母で仕込まれた日本酒を実際に飲んでみたい方のために、代表的な銘柄と蔵を紹介します。酵母の表示は蔵の公式サイトや酒販店の商品説明で確認できるものを中心に挙げています(2026年9月時点)。

香露(熊本県酒造研究所):9号酵母の発祥蔵が醸す「吟醸酒の教科書」

熊本県酒造研究所が醸す「香露(こうろ)」は、全商品に自蔵で保存する熊本酵母を使っています。最高峰の「香露 大吟醸」は兵庫県産山田錦を精米歩合38%まで磨いた酒で、生産量が少ないことから「幻の酒」「吟醸酒の教科書」と評されてきました。純米吟醸は穏やかな香りと余韻のある食中酒、特別純米は熟成の厚みがあるタイプです。季節限定では2月の「咲く しぼりたて」、5月の「涼酒」、9月の「濃醇 ひやおろし」があります。9号酵母の原点の味を知るなら、まず香露から始めるのが王道です。

鍋島(富久千代酒造):Classicシリーズで9号を使い分ける

佐賀県鹿島市の富久千代酒造が醸す「鍋島」は、定番の純米吟醸や純米大吟醸のほかに「Classic」というシリーズを持ち、ここで9号酵母と14号酵母を使い分けています。同じ蔵の同じ米で酵母だけが違う酒を並べて飲めるため、9号の香りの輪郭を学ぶ教材として優れています。鍋島の蔵の歩みは鍋島の完全ガイドで解説しています。

而今(木屋正酒造):9号系酵母で低温長期発酵

三重県名張市の木屋正酒造が醸す「而今(じこん)」は、協会9号系の酵母を使い、低温で長期間発酵させるスタイルで知られています。フルーティーな香りと透明感のある甘み、心地よい酸のバランスは、9号系酵母の持ち味を現代的に磨き上げた例です。詳しくは而今の完全ガイドを参照してください。

みむろ杉(今西酒造)ほか、9号を主軸にする蔵

奈良県桜井市の今西酒造が醸す「みむろ杉」は全量9号酵母で仕込むことを公言している蔵です。酒販店の解説によると、滋賀県の「大治郎」(畑酒造)や「萩乃露」(福井弥平商店)も9号をメインに使い、三重県伊賀市の森喜酒造場は「るみ子の酒 特別純米 9号酵母 超辛口」のように酵母名を商品名に掲げています。9号酵母は香りが華やかな一方で酸が少ないため、辛口に仕上げると香りとキレが両立した食中酒になります。

9号酵母の日本酒をおいしく飲むコツ

9号酵母の酒は香りが主役です。飲み方のポイントは3つあります。

  • 温度は8〜12℃を基準にする。カプロン酸エチルは温度が上がると感じにくくなるため、冷やしすぎず温めすぎない
  • 開栓後は3〜4日を目安に飲み切る。香りは時間とともに抜けやすく、光と熱で老香が出やすい
  • 料理は白身魚の刺身、貝類、鶏の塩焼き、フルーツを使った前菜と合わせる。強い出汁や味噌より、素材の甘みと香りを引き立てる料理が向く

香りを楽しむ酒器は、口がすぼまったワイングラス型が向いています。ぐい呑みでは香りが逃げやすいため、9号酵母の酒に限ってはグラスを変えてみてください。

9号酵母に関するよくある質問

Q1: 9号酵母はいつ、どこで発見されたのですか?

1952年(昭和27年)頃に、熊本市の熊本県酒造研究所の醪から分離されました。研究所の初代技師長だった野白金一の晩年にあたります。1964年に県内の蔵元へ、1968年(昭和43年)に日本醸造協会の「きょうかい9号」として全国へ頒布が始まりました。

Q2: 9号酵母と熊本酵母は同じものですか?

起源は同じですが、現在は頒布元が異なります。日本醸造協会が頒布する「きょうかい9号・901号」と、熊本県酒造研究所が自蔵で保存・管理して独自に頒布する「熊本酵母」があり、研究所の頒布株からはKA-1やKA-4といった派生株も出ています。同じ9号系でも株によって発酵の立ち上がりや終盤の粘りに差が出ると蔵の現場では言われています。

Q3: 9号酵母の日本酒はどんな味がしますか?

りんご、洋梨、メロンを思わせる華やかな吟醸香が前面に出て、酸が少なく澄んだ味わいになります。7号酵母のバナナ様の香りと比べると、果実の中でもりんご系の香りに寄るのが特徴です。辛口に仕上げると香りとキレが両立した食中酒になります。

Q4: 9号酵母と901号酵母の違いは何ですか?

901号は9号の泡なし変異株です。発酵中に高い泡を出さないため、泡の管理や泡消し作業が不要でタンクの容量を有効に使えます。酒質の方向性は9号と共通です。全国新酒鑑評会の令和4酒造年度の出品酒では、泡あり株の9号を使った出品はゼロで、901号が11点でした。

Q5: 9号酵母は今でも使われているのですか?

使われています。鑑評会の出品酒では1801号に主役を譲りましたが、1801号自体が9号を親に持つ交配酵母です。また熊本県内の蔵では熊本酵母が今も主力で、令和4酒造年度の熊本国税局管内の出品酒20点のうち11点が熊本酵母でした。みむろ杉、大治郎、萩乃露のように、鑑評会とは別の文脈で9号を主軸に選ぶ蔵も各地にあります。

Q6: YK35とは何ですか?

山田錦(Y)、熊本酵母つまり9号酵母(K)、精米歩合35%(35)の組み合わせで仕込めば全国新酒鑑評会で金賞を取りやすい、という1980年代半ばから広まった業界の合言葉です。広島県の三宅本店で杜氏を務めた土居恒夫が作った言葉だとされています。現在も鑑評会出品酒の約9割は精米歩合35〜40%、77%が山田錦100%で、基本設計は変わっていません。

Q7: 蔵人を目指すなら9号酵母について何を学ぶべきですか?

まず、9号がカプロン酸エチル系の香りを出す酵母であること、酸が少ないこと、前急短期型で醪の前半に発酵が集中することの3点を押さえてください。そのうえで、1801号が9号と1601号の交配で生まれた経緯を知っておくと、現在の鑑評会出品酒の酵母選択がなぜ1801号に集中しているかが理解できます。醪管理では初期の品温上昇と、貯蔵時の温度管理が9号系特有の注意点です。

関連記事: 日本酒の7号酵母とは?全国の蔵が選ぶ万能酵母の特徴・歴史・銘柄を徹底解説

まとめ:9号酵母のポイント

9号酵母について、この記事の要点をまとめます。

  • 9号酵母は1952年頃に熊本県酒造研究所で分離された熊本酵母が原点で、1968年から日本醸造協会が「きょうかい9号」として頒布している
  • 野白金一の野白式吟醸造りの延長線上に生まれ、1980年代の吟醸酒ブームを牽引した。2026年12月18日は野白金一の生誕150年にあたる
  • カプロン酸エチルによるりんご・洋梨様の香り、7号より少ない酸、低温発酵性に優れた前急短期型の醪が特徴
  • 全国新酒鑑評会の出品酒では9号・901号の使用比率が2000年の13.9%から2022年の1.3%に下がったが、最多の1801号は9号を親に持つ交配酵母である
  • 熊本酵母は熊本県内の蔵で今も主力で、香露・鍋島Classic・而今・みむろ杉などで9号系の個性を味わえる

9号酵母を体感したい方は、まず発祥蔵の香露 純米吟醸か、鍋島Classicの9号と14号の飲み比べから始めるのが近道です。酵母の番号を意識して飲むと、日本酒の香りの成り立ちがぐっと具体的に見えてきます。

日本酒の酵母全般については本文中で紹介した酵母の種類の記事で、6号酵母については6号酵母の解説記事で、それぞれ詳しく解説しています。醸造用語で迷ったときは日本酒用語集も活用してください。

この記事は蔵人編集部が執筆しました。蔵人 -KURABITO- は日本酒と醸造所、醸造キャリアに特化した専門メディアです。詳しくは編集部についてをご覧ください。

参考情報

  • 独立行政法人酒類総合研究所「令和4酒造年度全国新酒鑑評会出品酒の分析について」(https://www.nrib.go.jp/data/pdf/nrl/196-01.pdf)— 使用酵母比率の推移(第9表)、使用酵母種類別出品点数(第8表)、香気成分の平均値、原料米・精米歩合の分布の検証に使用
  • 灘酒研究会「灘の酒用語集 きょうかい9号酵母」(http://www.nada-ken.com/main/jp/index_ki/198.html)— 分離年・頒布年・低温発酵性・前急短期型・酸と香気の特性の検証に使用
  • 熊本酒造組合「きょうかい酵母と熊本酵母」(https://www.kumamoto-sake.com/material/yeast.html)— 熊本酵母の特性と1968年の全国頒布開始、研究所による独自頒布の検証に使用
  • 株式会社熊本県酒造研究所 公式サイト(https://www.kumamotoken-shuzoukenkyusho.com/)— 研究所の設立年・法人登記年・野白金一の技師長就任・香露の商標登録年・熊本酵母分離年の検証に使用
  • おるとくまもと「お酒の神様『野白金一』来年、生誕150年を迎えます」(https://akumamoto.jp/archives/231156)— 野白金一の生年・出身地・赴任年・発明・1930年品評会の成績の検証に使用
  • 熊本市観光ガイド「『made in 熊本』の酵母が日本酒文化を支えている?!」(https://kumamoto-guide.jp/journeyjournal/detail/664)— 1964年の県内配布開始、萱島昭二による発見の経緯の検証に使用
  • dancyu「熊本酵母は託された|d酒2019『熊本酵母の旅』エピソード3」(https://dancyu.jp/read/2019_00002362.html)— 熊本酵母のアルコール耐性と頒布形態3種の検証に使用
  • 吉田清「きょうかい酵母清酒用1801号 ―新規優良清酒酵母の育種・開発の経緯―」日本醸造協会誌 101巻12号(2006年、J-STAGE)— 1801号が1601号と9号の交雑で育種された経緯の検証に使用
  • SAKETIMES 用語集「YK-35」(https://jp.sake-times.com/dictionary/initial_wa/yk-35)— YK35の意味・起源・土居恒夫の名前の検証に使用
  • SAKE Street「日本酒造りを支える『きょうかい酵母』とは」(https://sakestreet.com/ja/media/what-is-kyokai-yeast)— 各きょうかい酵母の特徴比較の検証に使用
  • たのしいお酒.jp「熊本の日本酒【香露:熊本県酒造研究所】」(https://tanoshiiosake.jp/7732)— 香露のラインナップ・大吟醸の精米歩合38%と山田錦の検証に使用
  • 総務省・経済産業省「令和3年経済センサス活動調査 製造業に関する集計 品目編」(e-Stat)— 熊本県および全国の清酒出荷量・出荷金額・事業所数(2020年実績)の検証に使用




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